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クルマのデザインが注目され、大きく変わろうとしている今、従来の延長線上からはたして魅力あるものが生まれるだろうか。
日産車を変えようと思うなら、外から新風を吹き込むしかない。
淀んできた純血に外からの血を……、そう、外部の知性と感性を受け入れてみよう」ゴーンには早くからそうハラを固めていたフシがある。
とくに硬くて壊しにくい殻であるのは承知しているが、あえてそれを断行しなければ、日産は変わることができないだろうという思いが日増しに募っていった。
ゴーンは日産に着任するや、アメリカの人材紹介専門の会社に「世界でもトップクラスにはいる十人のカーデザイナー」の名をあげてくれるよう依頼した。
その十人の中に日本人の中村史郎の名前があった。
読者の中には名車スカイラインの生みの親、桜井真一郎の名は知っていてもジェミニの中村史郎は聞いたこともないという人はかなり多いと思われる。
それは中村が乗用車部門から撤退したいすゞ自動車に在籍していたことにもよるが、実は中村は実績と理論、海外経験も含め、この道では世界でも十本の指に入るほどの実力者なのである。
同じ日本人同士とはいえ、いすゞと日産では会社の性格がまるで違う。
いすゞも古い歴史を誇り、かつてはトヨタ、日産と並んで自動車の御三家といわれ、一時はフルラインメーカーを目ざして乗用車にも進出したことがある。
しかし、いすゞが強いのはディーゼル商用車であり、わけても大型ダンプカーの王者である。
「数多くの名車をつくり出してきた日産です。
日本の自動車産業をここまで引っぱってきた会社です。
大きな実績とこれまでの蓄積が、やがて再び花開いて日産車が世界で脚光を浴びるものと信じています」中村がそういう意味のことを語っていたのを読んだことがある。
その彼が日産の大幹部になった。
二〇〇一年六月下旬に開かれた定時株主総会で中村は重役になったのである。
技術偏重といわれた日産でも、デザイン部門はけっして檜舞台ではなかった。
そんな日産で、デザインのスペシャリストで、しかも同業他社からヘッドハンティングした人物を大幹部に登用したわけだ。
どう考えてもこのような人事は日本の企業社会の常識とは逆行する。
しかし、そんな常識がもはや非常識なのだということを示せるのは、やはりゴーンしかいない。
ゴーンだからできるのである。
クロネコ宅配便が全車トヨタの理由あいた口が塞がらないと、心底から呆れた顔で不満をぶちまけていた男の顔を思い出した。
日産ディーゼルの販売部門で働いていたMという男である。
もう二十年くらい前の話だが、日産のセクショナリズムという癌が、いかに以前から全社に転移して広がっていたか、それを知るのにもっともわかりやすい話である。
ヤマト運輸が宅配便市場の掘り起こしに四苦八苦していた頃である。
ヤマトは宅配と集荷用に使い勝手のよい車体はできないものかと、トラックボディーの構造と仕様に独自の工夫をこらして考えていた。
その時の原形が現在のヤマトの宅配専用車である。
角ばって天井が高い。
しかもコックピットと一体型。
サイドの引きドア、後方は左右に観音開き。
作業効率優先を考えたら、たいへんアイデアに富んだ仕上がりになっている。
これを道路運送車両法の保安基準内に仕上げるには、当初は多面的に議論を重ねる必要があった。
クロネコのヤマト仕様がすんなり出来上がったわけではないのだ。
一風変わったワンボックスークイプのトラックこの相談を最初にもちかけられたのは、古くからの取引先である日産ディーゼルの系列ディーラーであった。
しかし話の内容からしてとてもディ土フーだけで歯が立つような話ではない。
ディーラーはその足で親会社のMのところへ持ち込んだ。
話を聞くうちにMは「面白い。これはイケる!」そう感じたという。
しかし残念なことに、この商談の対象車が日産ディーゼルには存在せず、親会社の日産へ持ち込むしかない。
間髪を入れずMは「銀座通産省」へ走った。
「うまくいけば通り口銭がもらえるかも。タダばたらきでも、グループのトラックが売れたら言うことはない」そんな気持ちで業務部長に面会を求めた。
ところがMはすぐ失望することになる。
「ロットの商談といっても、いったい何百台くらいを考えているのか」「当初は三百から五百台くらいと……」「ふーん、一品料理みたいな改造車だよネ。うちは町工場じやないからねエ」がっかりしたMは次に直納部長の席を訪ねた。
直納部というのは官公庁、特定の民間大手に直接納入する、どのメーカーにもあるセクションである。
日産クラスの会社になると、直納部の年間売上げは数百億にもなる。
Mは親会社の直納部長とはすでに親しい間柄であった。
それだけに喜んで受けてくれそうな期待があったのだが、こちらも思惑が外れた。
「ヤマトつてどんな会社なの」「わが社のだいじなお客さんですよ。
運送業界ではのれんの古い大手ですよ」Mが答えると部長は会社年鑑を持ってくるよう近くの女子社員に命じ、やおらページをめくり始めた。
ヤマト運輸のことを知りたかったのだろう。
しかし、さいごにMが聞かされたのは次のような言葉であった。
「Mさん、もっと、ややこしくない話を持ってきてよ。
これは直納部だけで受けられる話ではないからねえ。
他の部署とも相談する必要があるでしょ」いま、ヤマトの宅配便集配車はすべてトヨタのハイエースがベースとなっている。
郵便小包の市場に食い込み、不屈の挑戦でさらに市場を拡大しているヤマトの勢いは、法人貨物にぶら下がって青息吐息の他の運送業者を尻目に、ひとり衰える様子がまったく見られない。
やがて三十億個(年間)の声が聞こえそうな宅配便市場を、クロネコが席巻しそうな予感さえある。
そんな挑戦するヤマトの元気ぶりを見ていると、私にはなぜか日本通運までがオールドエコノミーに見えて仕方がない。
トヨタが強いのはなにも乗用車だけではないのである。
ハイエースはベストセラーカーとして上位に顔を出す常連である。
ちなみに九七年には国内で年間約十三万台と、カローラ、マーチに次いで第三位であった。
クロネコ宅配車が全車トヨタである理由を知れば、「販売のトヨタ」といわれる意味がすぐに読みとれる。
いま、ヤマトがトヨタから年間にどれくらいのトラックを購入しているか、それをゴーンが知ったら切歯掘腕せずにはいられないだろう。
かつての日産は売れないのではなく、何がなんでも売ろうという貪欲さに欠けていたフシがある。
それでも二位の座を脅かす者の姿が見えなかったうちはまだよかった。
おそらく、まさかこんなにも早く若いホンダにしっぽを踏みつけられようなど、真剣に考えた関係者はそう多くなかったのではないだろうか。
業界の第二位が指定席のようになっている他業種の企業の中にも、日産から学ぶものはないだろうか。
二位はけっして首位の真似をしてはいけない。
何事にも絶対安泰という定位置はあり得ない。
ジャパニーズ・ケイレツの崩壊しばしば耳にすることで「とかく日本人は群れになる」というのがある。
群れる、というと耳ざわりは悪いが、たしかにグループを形成したり、団体行動をとることに抵抗感を持つ人は少ない。
それどころか、喜んでグループの輪の中へはいりたがる国民性であることは間違いない。
幼い頃から「この指、とまれ」などといって、中心的な子が集団をひっぱる。

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レンタカーの具体的なレンタカーの数値を掲載している場合は要注意です。
しかしレンタカーによると、レンタカーの文章読本は別人の代作であるとされていました。